神様に供える稲穂

2018/10/29

 

 

 

ブログかなり久しぶりです。前回は6月の後半だったようですね。こりゃいかん。

 

 

 

ここ数ヶ月、生きがいを感じれるようなことがなく、暗中模索状態でした。といっても息苦しい(生き苦しい)という状態ではなく、なんとなくパッとしない、のめり込むものがない、光が見えない、かといって闇の中というわけでもない、毎日それなりに楽しい、でも突き抜けて楽しいこともない、生きてるのか死んでるのか、死んだように生きてるのか、生きているようで死んでいるのか、もういっそのこと殺してくれ、いややっぱり殺さないで、痛いの嫌やし。そんなはっきりせん状態でした。

 

 

 

先月、個人的にめちゃめちゃショックなことがありました。それは決して、丸顔の天使すなわち僕の嫁にfacebookでブロックされたこと(まだ継続中??)ではなく、格闘家の山本KIDさんが亡くなられたことでした。なにがそんなにショックだったのかという話は長くなるのでまたいつか書くとして、特にファンというわけでもなかったのに彼の死は僕にとって、とても大きな出来事でした。

 

 

 

そんな日々を送る中、きっかけは忘れましたが、脈々と受け継がれている神事、祭、奇祭などに興味を持ち出しました。興味を持ったらすぐに調べ出します。調べれば調べるほどに自分がこの日本のことを全く知らなかったことに気付かされます。日本ってこんなに奥が深いのかと。こんな神事がもう何百年も口承で受け継がれているのかと。ひさびさにゾクゾクした。

 

 

 

しばらくは"祭"の観点から、日本のみならず世界にある文化を写していきたいと思います。

 

 

 

 

 

 

10月25日、京都の伏見稲荷大社では神田に稔った稲を刈り取る ”抜穂祭 (ぬきほさい)” が執り行われました。神楽女が抜穂舞を舞う中、たすきに菅笠姿の男女十数名が神田にみのる稲穂を鎌で刈り取ります。刈り取られた稲は新嘗祭で神様に供えられ、稲藁は火焚祭で焚き上げられます。

 

 

 

神事に興味を持ち出し、調べたら一番近い日の開催(調べた次の日)だったので事前に詳細を調べる時間もなくただただ行ってきました。"祭"という字が使われていますが、派手なことは一つもなく、淡々と進められていく様が逆に神秘さを強調しているように見えました。

 

 

 

この日はハッセルとiPhoneしかなかったのでハッセルの写真はまた現像から返ってきたら何かに投稿しようと思います。

 

 

 

これからは祭の投稿が増えると思います。興味のある方は付き合ってやってくださいね。

 

 

 

 

 

 

図書館で俺のバイブルを発見!!図書館で借りたのに同じ本をその日その時その場でアマゾンで購入。借りんかったらよかった。。。返しに行かなあかんがな。

 

 

 

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